echoooos

アイドルマスターSideM中心に140文字では足りないことをつらつらと綴る日誌です。

華Dollが気になる その2

*続き

アイドルものとして異質、異彩が際だっていて、着眼点や構想が新鮮だなとふむふむしてますが、考察調べやコメント見ると感情がぐっちゃになりそうで冷静に眺めるの難しそう。

現時点で気になっていること、感想をざっくり

 

①公式がめっちゃ煽ってくるの斬新

ご自由にとは言うけどかなり定期的に煽ってくるじゃん!受けて立つ!ってなりたくなるわ

【知的興奮型】という売り文句とても攻めてるなと思いますふむ。

 

②時系列が気になる

曲のリリース順、MV公開順が果たしてその通りなのかなと疑うようになってきた。

時間軸も現在の時間(Anthosのプレデビューは2019年とみて良い?)なのか、一応彼等SNSしているから普通に現在であるとは思うのだけれど…

ここまで不審不穏だと実は全部夢でした!とか社長の描いていた幻想でした(絶対にこれはない)とかこういうプロジェクトが昔あって…という既に過去の話で、もしかして現時点に存在していない人達のお話に捉えられなくもないのでは?とか大雑把に考え始めたけれど流石にそれでは成り立たない&悲しすぎるのでなしです。

天霧プロダクション1982年誕生日ってTwitterのお誕生日欄にあったのちょっと気になる。

 

③誰の目線?

刹那くん出てきて少し分かりやすくなった?余計分かりにくくなった部分あると思うのですが、miss youを繰り返すJuliet、where?など誰かを探している?待っている?描写がMV全体的に多くて誰を探している?歌は誰に対して歌っている?と疑問だらけになっています。

 

華Dollに限った話ではないけれど、こういう二次元の楽曲は彼らのことを表しているのか、彼らは曲として歌っているわけだから、1表現者としての歌なのか、地味に気になります。

 

ああいうMVを仕事として歌って撮っている

のか

彼等そのものをそれとなく描いている

のかで解釈は大分変わると思うので二次元ものは難しい(三次元ほぼ知らないです…)

 

Anthosの場合、ブックレットインタビュー等あるから仕事として演じて、が大前提なんだろうけど、これが完全にしてもフィクションの曲とは思わないのでは?とか考えてしまう。だって眞紘くん完成品のMVのほとんどどうやって見るの?いくら演技や演出だとしても毎度自分だけ不穏な存在にされてるの通常メンタルでは耐えられない気がする。

丸切り同じものを多分見ているわけではないよね…?でも宣伝はしているから彼等は一曲、一作品として受け取ってるのか謎だ…

 

多分両方だけどそれを余計に考えさせられたというか。

どの曲もメッセージ性が強いので、彼等の曲ではないと捉えるとまた違って良いんだけど、どうしても切り離しづらいのは何を意図してるのか〜

 

④「御伽噺」

BIRTHが眞紘の「さあ御伽噺を始めよう」でスタートするの既にアンサーというかコンテンツを語っているような印象もあります。

二次元三次元問わず1stシングル、デビュー曲強いな印象ありますがBIRTHすごいな!

華人形プロジェクト自体が御伽噺説ともなくないなと思ってしまった。

本を閉じるようなMVがあるし、フェアリーテイルが出てくる歌詞もある。アイドル寓話みたいな感じなら納得しちゃう部分あるかもしれない、、?

全部分かってコンテンツ終了時にBIRTH聴いたら分かることたくさんありそう。

 

⑤開花ペース

個人的にはえ、早いなという印象でした。そんなにポンポン咲くものなのか(実際そこまで簡単ではない)、咲くまで年数かかるイメージあったので咲いてからがメインなんですね、と理解しました。何年ペースで考えられているのだろうな。

 

まだ多分続く